ノーベル賞は原則として勝手に与えられるもの

ノーベル文学賞に選ばれたにもかかわらず無視を決め込んでいるボブ・ディランに対し、スウェーデン・アカデミーのメンバーの一人であるペール・ウェストベリという作家が「無礼で傲慢だ」と苦言を呈したというニュースがありました。

それに対し、ネット上では、頼んでもないのに勝手に選んでおいて、どっちが傲慢なんだよと、非難の声が挙がっています。

「勝手に選んでおいて~」という意見が目立ちますが、何を言っているのでしょう。
ノーベル賞なんて、本来、“勝手に”贈られるもんですよ。

「頼んでもないのに~」って、もしノーベル賞が、頼んだら貰えるものだったら、そっちの方が問題ですやん。

ノーベル賞を獲るために頑張るなんて本末転倒。
組織的な「工作」でゲットとか最悪。平和賞なんか特に。

ノーベル賞とは、結果としてついてくるもの。そして、ついてこなくったっていいもの。

推薦状を参考にしたりもするんでしょうけど、業績が偉大なら、そんなの関係なしで、貰える人は貰えるのです。

それはそうと、ボブ・ディランにも非がありますよ。何か事情があるのかもしれませんが、無視しっぱなし(“沈黙”)はいかんでしょ。
選考委員が気分を害するのも当然。

辞退するならするで、それを表明しなきゃ。

「権威あるノーベル賞を拒否するなんてカッコいい」と周りが騒がしくなるのがイヤだから黙っているのでしょうか?

いずれにせよ、授賞式が終わるまでは本当のところはわかりません。
案外素直に受け取るかもしれませんし。


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