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そもそも、挨拶は要らない

Q.

【4523】社内報に掲載された「レインズを買収して5年。未だに挨拶すら出来ない馬鹿が多すぎる」「個人的に張り倒した輩が何人もいる」「生殺与奪の権は、私が握っている」「どう生きて行くアホ共よ」などと書かれた、代表取締役会長・蔵人金男(くろうど・かねお)による文章がSNS上で拡散され炎上した、レインズインターナショナル、カッパ・クリエイト、アトムなどを傘下に持ち、外食産業を中心に展開する持株会社は何?

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MLBで新ルール「投球せず敬遠」が導入されるかも?

メジャーリーグ(MLB)が、投球をせずに敬遠(故意四球)を認めるという新ルールの導入を進めているというニュースがありました。

試合時間短縮のための案だそうで。

四球を投げるのではなく、申告制にするというのですが、実際にどんな合図を出すのかはまだ不明です。

野球を観戦する人なら、誰もが一瞬は考えつくことでしょうね。でも、敬遠から生まれる“ドラマ”がなくなるしぃ、で、結局、現行のルールでまあいいかと思ってしまう、という人が多いでしょう。

とは言うものの、プロはレベルが高いから、実際問題、敬遠から“ドラマ”が生まれることは滅多にないので、投球をせずに敬遠っちゅうのも、アリといえばアリかもしれませんね。

ニュース記事によりますと、敬遠四球は減少傾向にあるので、試合時間削減は最低限にとどまりそうだという。

敬遠を申告制にしても、省くことが出来る「無駄な時間」は、たかが知れていると。

そうかもしれない。

でも、時間で重要なのは長さそのものではありません。
時間を短く感じるか、長く感じるか、これが重要。

野球の敬遠の時間は大して長くはない。でも、見ているとかったるい。

つまらない時間が省ける案だからこそ、賛成する人もいるのです。

余談。
そういえば、松本人志が、ホームランを打った後にダイヤモンドを1周するのは無意味だと言っていたなあ。

同じ時事ネタを目にしていても…

ある時事クイズの正解者がゼロだったからといって、解答者がその時事をチェックしていなかったとは限らない。正解を答えられるほど記憶に刻んではいなかったが、見覚えならあるという場合も多い。

日々生産される、クイズ的には無意味なネタも大量に含んだ膨大な情報の中から、適当に見つけた時事ネタをピックアップして、それをクイズに加工して出題して、「意外に正解者が少ない」とか言う人がいるが、そんなこと言われたって、他にもチェックしなきゃいけないネタがいっぱいあるんだもん、しょうがないじゃん、あなたとは違うんです、というのが、解答する側の認識だ。

よく見聞きするが、詳しい内容は知られていない事柄について、一歩突っ込んだ内容を問う事が、クイズ界では良い事のように語られているが、出会う情報の全てに立ち止まってはいられないのだから、恣意的にピックアップされた深い知識とやらを知らない・覚えていないというのは仕方のないことだ。

人は、同じ情報源に触れていても、注目するネタはそれぞれ異なる。クイズプレイヤーとてそれは同じ。
ある1つのネタに同じ頻度で触れていても、初期にそのネタに注意を払うかどうかによって記憶の定着度は全然違ってくる。

以下、図解してみる。

ある1カ月間、全く同じ新聞とニュースサイトを読んでいる2人の人物、「Xさん」と「Yさん」がいると仮定する。

クイズで重要そうなある1つの時事ネタを「A」とする。
その他もろもろの情報は「■」で表す。
時の流れは、→(左から右)。つまり、右端が1カ月後。

【Xさん】
A■■■■■■■A■■■■■■■■■A■■A■■■■■■■A■■■■A■■■■■■■■■■■■A■■■A■■■

【Yさん】
■A■■■■■■■A■■■■■■■■■A■■A■■■■■■■A■■■■A■■■■■■■■■■■■A■■■A■■■

早い段階でAに着目したXさんは、その後、何度も目にすることになるAを誰もが知っているベタだと思い込むようになる。

Yさんも、Xさんと同じ頃にAについての記事を初めて読んだが、特に興味を持つことはなく、そのまま読み流してしまった((※読んだ直後は記憶に残っている)。以後、Yさんは、Aを一度や二度ほど目にしたくらいでは、Aについての記憶は定着しない。何回も目にして、やっと、そういえば、Aってのがあるなあ、と思うようになる。

このように、XさんとYさんはAという情報を同じ頻度で触れているが、Aについての認識は大きく違うのである。

というわけで、出題者が「簡単な時事問題なのに意外と正解者が少ない」と思ってしまうのは錯覚である場合も多いのである。

余談。
以上のことは時事以外にも当てはまる。
ある人が問題集でしょっちゅう見ると言っていても、別の人にとっては「そうか?」と思うような“ベタ”も往々にしてある。

ノーベル賞は原則として勝手に与えられるもの

ノーベル文学賞に選ばれたにもかかわらず無視を決め込んでいるボブ・ディランに対し、スウェーデン・アカデミーのメンバーの一人であるペール・ウェストベリという作家が「無礼で傲慢だ」と苦言を呈したというニュースがありました。

それに対し、ネット上では、頼んでもないのに勝手に選んでおいて、どっちが傲慢なんだよと、非難の声が挙がっています。

「勝手に選んでおいて~」という意見が目立ちますが、何を言っているのでしょう。
ノーベル賞なんて、本来、“勝手に”贈られるもんですよ。

「頼んでもないのに~」って、もしノーベル賞が、頼んだら貰えるものだったら、そっちの方が問題ですやん。

ノーベル賞を獲るために頑張るなんて本末転倒。
組織的な「工作」でゲットとか最悪。平和賞なんか特に。

ノーベル賞とは、結果としてついてくるもの。そして、ついてこなくったっていいもの。

推薦状を参考にしたりもするんでしょうけど、業績が偉大なら、そんなの関係なしで、貰える人は貰えるのです。

それはそうと、ボブ・ディランにも非がありますよ。何か事情があるのかもしれませんが、無視しっぱなし(“沈黙”)はいかんでしょ。
選考委員が気分を害するのも当然。

辞退するならするで、それを表明しなきゃ。

「権威あるノーベル賞を拒否するなんてカッコいい」と周りが騒がしくなるのがイヤだから黙っているのでしょうか?

いずれにせよ、授賞式が終わるまでは本当のところはわかりません。
案外素直に受け取るかもしれませんし。


知っていそうで知らないノーベル賞の話 (平凡社新書)

NASAが予告した重大発表はいつもショボい

Q.

【3508】NASA(アメリカ航空宇宙局)は、時たま、もったいぶって重大発表をすると予告しながら、実際には肩透かしの発表をしますよね。例えば、2015年9月28日(日本時間は29日)に発表した「火星に関する重大な科学的発見」とやらは、「現在も液体の水が存在することを示す根拠」でした。今年5月10日(日本時間は11日)に発表した「ケプラーによる最新の発見」というのは、新たに1284個の系外惑星を発見したというものでした。ではここで問題です。今月26日(日本時間は27日)、その表面から水蒸気が噴出している可能性がある(※ハッブル宇宙望遠鏡による観測で捉えられた)ことが発表された、木星の衛星は何でしょう?

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ら抜き言葉 | 先に文法があったのではないのだ。

まずは、ニュース記事。
↓ ↓ ↓

「ら抜き」言葉が初の多数派に 文化庁の「国語に関する世論調査」

「ら抜き言葉」がどうたらこうたらという記事を見たとき、いつも思うんだが、動詞の活用について触れとかなきゃいかんでしょ。

五段活用の動詞は、「ら」を抜いたらあかんのやで。
だから、例えば「作る」「走る」「切る」なら、「走れる」「作れる」「切れる」でOK。

ら抜きはダメ、を真に受けて、「作れる」は誤りで「作られる」(※「作ることが出来る」の意で)が正しいと思っちゃう人が出てきたら困りまんがな。

では、五段活用ではない動詞なら、ら抜きはダメなんだろうか。
感覚的には、全部が全部そうとは言えないと思うよ。

いくつか例を挙げてみましょうか。

  • この穴からなら出られるぞ。
  • この穴からなら出れるぞ。

この例なら、「出られる」の方がしっくりくるかな。でも、「出れる」も、そんなに違和感ありまくりというほどではない。

  • テレビに出られるタレントがうらやましい。
  • テレビに出れるタレントがうらやましい。

この「出れる」も、日常会話だったら、まあ、普通の言い方かな。

  • ユーチューブで見られるよ。
  • ユーチューブで見れるよ。

「見れる」はよく聞く言い方だよね。

  • ユーチューブで見られるで。
  • ユーチューブで見れるで。

これだったら、むしろ、「見れる」の方が自然な感じ。

五段活用じゃない動詞だからって、「ら」を抜いちゃいけないと杓子定規に決めつけるのは、現状からするとよくない気がするね。

そもそも、文法っちゅうもんは、世の人々がしゃべったり書いたりしている言葉を収集して、そこから法則性を見出して、まとめあげたものである。

当たり前だが、文法が先にあったわけじゃない。
使われている言葉があっての文法である。

めいめいが自由に使っている言葉を体系化して「文法」としたわけだから、そりゃあ、法則に当てはまらない例外だってあるでしょうよ。

カモノハシは哺乳類だけど卵を産む。それは、母乳で育つ恒温動物なのに胎生ではなかったというだけのこと。
哺乳類の条件をすべては満たさない哺乳類っぽい動物がいても何ら不思議ではない。

「ら抜き」の是非は、個々の動詞によりけりでいいんじゃないの。

だいたい、言葉は移り変わるものなんだ。
「蹴る(ける)」なんて、昔は、未然形が「蹴ず(けず)」、命令形が「蹴よ(けよ)」だよ。
今の「蹴る」の活用なんて、昔の人からすると完全に誤用だね。時代によって「正しさ」も変わるのである。

「言葉の乱れ」というけれど、言葉は道具だから、使い勝手がよくなるように変化するのは仕方のないこと。国語のお偉方さんの理想通りにはならないのさ。

〈早押し〉必ずしも最重要情報を盛り込まなくてもよい。

まずは、適当に早押しクイズの例題を一つ。

【問題】黒澤明監督の映画『夢』ではマーティン・スコセッシによって演じられた、有名な画家は誰?

【答え】フィンセント・ファン・ゴッホ / ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

そういえば、昔の某クイズ番組で、「フランス語では「ゴーグ」、オランダ語では「ホッホ」と呼ばれる画家は? 答:ゴッホ」(※記憶のみを頼りに再現)という問題が出てたなあ。

画家ゴッホについて、誰もが知っていることといえば、代表作『ひまわり』あたりだろうか。
あと、ポール・ゴーギャンとの交流とか、自らの耳たぶを切り落としたこととかが、比較的よく知られているだろう。

で、上記のゴッホが答えのクイズには、問題文に『ひまわり』も「ゴーギャン」も含まれていないのだが、そのことについてイチャモンをつける人はあまりいないだろう。まあ、「『ひまわり』とか言ってくれたら分かったのにぃ」とか言う人はいるかもしれないが。

クイズは原則として問題文の情報のみから答えを導き出すものである。

上記のクイズは、「ゴッホを知っているか」ではなく、「ゴッホに付随する情報を知っているか」を趣旨としている。問題文に『ひまわり』を入れてしまったら、出題のねらいが変わってしまう。

さて、本題に入ろう。

「長文クイズ」にまつわる錯覚の一つに、答えに関する重要な情報を問題文中に入れなければならないというのがある。

そこそこ有名人の人名が答えとなっている長文クイズで、その人物についての最重要事項が問題文から抜けていた場合、つっこまれるのは必至だ。
しかし、上記の例題からも解るように、短文クイズなら言及しなくていい「重要な情報」を、長文クイズでは必ず言及しなければいけないというのは、考え方としておかしいと言わざるをえない。クイズ界の人々はみんなこのことに気がついていない。

長文クイズで、「答えの人物」を知っているかを問いたい問題であれば、その人物についての重要な情報を問題文中に入れるべきなのかもしれない。
でも、その一方で、必ずしも重要とはいえない限られた情報をいくつか並べて、その内容から人物名を導き出すというタイプの「長文」問題があったっていいではないか。

昔、誰かが「最近のクイズは、人名事典の説明文みたいな問題が多くてつまらない」と言っていた。問題文にメジャー(重要)な情報を盛り込まなければならないという縛りがある限り、それは仕方のないことだ。

一人一票ではなく、複数票ってのはどうでしょう?

選挙の投票制度について一家言を持つ人は多い。

例えば、当選してほしくない候補者の名前を投票用紙に書く「マイナス投票」を導入してはどうかという意見はテレビとか巷でよく聞く。

そこで私も考えた。というか、ふと思いついた。

有権者1人につき1票だけというのをやめて、1人で3票とか5票とか複数の票を入れられるようにするのはどうでしょうか。

我が国だと、よりどりみどりの左翼政党の中から1つしか選べないのを残念に思っている人も多いでしょう。1人5票も持ってりゃ、そんな悩みはほぼ解決しますよ。

もちろん、5票すべてに同じ候補者氏名・政党名を書くのもアリね。
1票だけ書いて、あとは白票でもOK。でも、それじゃあ、権利の行使としては損だけどね。

あと、小さな政党に票が入りやすくなるのも良い事だ。

えっ、そんなに何枚もの投票用紙に書き込むのは面倒くさいだって?

手書きで候補者氏名・政党名を投票用紙に記入するような時代遅れのやり方をやめればいいのさ。いまだにそんなんやってるのは、ほぼ日本だけらしいで。

年齢によって票の枚数を変えるのもいいかも。
原則5票として、18歳・19歳は3票、90歳以上は2票、100歳以上は1票にするとかね。