昔の常識は忘れ去られる。

【ニュース】春樹小説に抗議へ 「中頓別町ではたばこのポイ捨てが普通のこと」

村上春樹が『文芸春秋』に発表した短編小説『ドライブ・マイ・カー』で、北海道中頓別(なかとんべつ)町ではたばこのポイ捨てが「普通のこと」と表現したことに対して、同町の町議らが「屈辱的だ」「事実に反する」と、文芸春秋に質問状を送ることを決めたそうです。

確かに今の日本なら、おそらくどこの地域でも、タバコのポイ捨てが悪いことであるのは常識でしょう。
でも昔は違いました。
北海道中頓別(なかとんべつ)町だって、何十年か前まではたばこのポイ捨てが普通のことだったんじゃないですかね。

さて、話は飛んで、去年9月7日の投稿にも書いたんですが、今の若い人、というか、たいして若くない人でも、タバコのポイ捨てがそんなに悪いことではなかった時代があったことを想像できなくなっているのかもしれません。

ネット上の質問コーナーで、昔の映画でタバコをそこらへんの道ばたに捨てるシーンを見て違和感をもった人の質問が投稿されているのを見たことがあります。
今の感覚からすれば、タバコのポイ捨てはおかしい感じがしますが、ある時代までは普通の行為だったのです。
もしポイ捨てが悪いという常識がその当時にもあったのなら、そんなシーンが出てくる映画を作るわけがありません。

「言葉狩り」に関しては多くの人が、行き過ぎはよくないと思っているでしょう。なんでもかんでも差別用語だとか言って排除していたら作品として成り立たなくなってしまいます。
しかし、言葉以外のもの、例えば仕草、習慣などに関しては、まだまだ今の感覚で見てしまいがちの人が多いようです。
昔の作品(映画、小説など)に「気違い」という言葉が出てきても気にならないのと同様に、タバコのポイ捨てが出てきても、そんなの気にしないようにしなければなりません。
言葉以外のものは狩れないのですから。

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