新語が増えるのを止めることはできない。

当たり前だが、何千何万もの語彙の言語は一瞬で誕生したりはしない。
原始人の時代から、意思疎通しているうちに定着したり淘汰されたりしながらだんだんと固定していき、時代によって意味が変化したりもする。それが言葉だ。

言葉に対して保守的な向きは、むやみに新語が増えるのをよしとしない傾向があるが、世の中の変化が大きければ、それにともなって新語は増えざるを得ないのである。語彙がひと通り出揃ったらその言語は完成というふうにはならない。

言葉の乱れを嘆いてもしょうがない。人は使い勝手のいい言葉を好むのだ。「誤用」の方がしっくりくる例だっていくらでもある。(「誤用」というのは語弊がある。「これが正しい」って、いつ決まるのか)

新語・流行語大賞の候補語に「壁ドン」が入って、それが、本来の意味と違うということで、ネット上では議論になっておりますが、数十年前には存在しなかった(多分)ような言葉に「本来の意味」とは笑止。長い歴史から見れば、両方の意味はほぼ同時に誕生したと考えても差し支えない。

私の手もとにある電子辞書内の「広辞苑」と「新解さん」には「壁ドン」は載っていなかった。最新版の広辞苑には載っているらしいが、比較的新しい言葉であることはまちがいない。マンガやアニメのシチュエーションとしての「壁ドン」を広めた層は、「ネット民」が主張する本来の意味とやらを知らない人たちなのではないか。

「壁ドン」みたいな文字数の少ない言葉に、意味付けの先着順を訴えてどうする。「壁ドン」には2つの意味がある、でいいではないか。(調べてみると、意味は3つありました)

ある単語が複数の意味を持って何が悪い。そんな例はいくらでもある。

日本語は音素が少ない言語だ。生まれた新語がすでに別の意味の言葉として存在するということはこれから先も起こり得る。
「新語」を「誤用」と批判するのは詮ないこと。
広まった意味のほうが、その時代では「勝ち」なのだ。

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