年末年始大嫌い

のっけから「大嫌い」とはいかがなものかという感じがしないでもないですが、まあ、べつに、他人が年末年始にうかれてたり忙しそうにしてたりするのは、どうぞお好きにおやりくださいってなもんで、自分に関わってこないんなら、そんなに嫌いではありません。
意味のない年末年始のくだらない習慣につきあわされるのが嫌いなのだ。

何がイヤかって、まず、寒いのがヤだ。って、これは、年末年始に限らないけど。むしろ、それ以降数カ月が寒さの本番やけどね。冬の寒さは大嫌い。

本題に戻そう。
クリスマスからいこうか。
幼児にサンタがいるなんてウソを信じこませて何になる。人格形成に役に立つんか?
おっと、その前にクリスマスイヴ。恋人と過ごす、だ? いつからそんな日になってんねん。クリスマス本来の意味からずれてるんじゃないの。外国に対して恥ずかしいから、変な慣習はやめてくれ。

それから、年末の大掃除。はっきりいって必要ないね。
掃除なんか、汚くなってきたなあと思った時にやりゃいいんだよ。年末にこだわる必要はまったくない。
年末が忙しい忙しいとか言ってる人々よ。まず、大掃除からやめてごらん。かなり時間に余裕ができるよ。

ついでに、年賀状もやめちゃいましょう。あれも時間と紙の無駄。
年賀状って、相手がこちらに送ってくれるから、失礼のないように送り返しているだけのもんです。
ある人が、Aさんとは年賀状のやりとりをしているが、Bさんとは年賀状のやりとりはしていないとする。そういう場合でも、AさんとBさんとで親しさの度合いはほぼ同じというのはよくあることだ。
Bさんに年賀状を出さなくてもなんら問題ないのだから、Aさんにだって出す必要はないのだ。
とはいうものの、それまでやりとりしていた年賀状を突然出さなくなるのは失礼になるから、最後と決めた年賀状には、「私は年賀状をやめました、云々」と書くようにしましょう。そうすれば、翌年からは“年賀状界”からめでたく抜けることができるのだ。
あと、年賀状の代わりにメールという発想もやめましょうね。新年だからって、特別なことをしようとするのがいけない。

だいたい、なんで世の人々はあんなに年明けを特別視するんだろう。めんどくさいったらありゃしない。地球が太陽のまわりをちょうど一周しただけやん。なにをバタバタしてんだか。
例えば1月31日から2月1日になる時や、10月31日から11月1日になる時に、普通、特別なことはしないよね。だったら12月31日から1月1日への流れも、月が変わった程度の感覚でいいんじゃないの。

正月。ほんと、つまらない。
おせち料理というまずいものを食わなきゃならないし。
子供の頃、おせち料理は昔の御馳走だと思っていた。
たしか、違うんだよね。正月くらいは家事の負担を減らすために日持ちするようにした料理がおせちなのだ。保存食だから、おいしくないのは仕方ない。

つまらないものの最たるものは初詣。
まったく楽しくない。
なんでみんな行くんだろう。
初詣に来ない奴には罰を与えようなんて「神」はいないよ。

子供時代は親の言いなりにならざるをえないから、しぶしぶ初詣に行った。せっかくの貴重な冬休みの一日が、行きたくない場所に行くのに費やされるのだから、ほんと、イヤだった。まあ、大大大嫌いな学校に行くのよりはマシだったけど。

お年玉。
世の大人たちの大半は、こんな習慣なくなればいいのにと思っているだろう。
なんで親しくもない子供にお金をやらなあかんねん。
お年玉って、昔はお金じゃなくて餅だったんだよ。
そうだ、お年玉イコール餅、を復活させりゃいいんだ。あるいは、数百円程度の現物支給。これを広めりゃいいんじゃないの。そうすりゃ、正月に子供にお金を配る悪習は廃れるさ。

あと、よく言われ続けているのは、正月のテレビがつまらないということ。
これは、お茶の間とテレビの向こう側とでは、ズレがありますね。
お茶の間は、テレビの中の騒がしい大盛り上がりを「つまらない」と感じます。
テレビに出ているタレントたちは、楽しい番組にするために、あるいは自分をアピールするために一生懸命大声を張り上げて盛り上げていますが、視聴者はそれに辟易しているのです。
テレビの側の人たちは、静かイコール楽しくない、と勘違いしているのでしょうか。

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