言葉のニュアンスは変わる。

都知事選は舛添要一が当選しました。

そういえば「舛添に投票する男とセックスしない女達の会」という下品な会があるらしいですね。ネット上だけかな?
舛添に入れる男には入れさせないというわけですか。宇都宮に投票したらOKなんてね。
そんなセックスストライキは効果ありませんよ。理由は言いません。

ところで、舛添バッシングのネタの一つに、彼が高齢者を「ジジイ、ババア」呼ばわりしたというのがあります。
確かに現在では「ジジイ」「ババア」は悪い言葉です。
「じぃじ」「ばぁば」ならアリのようですけどね。

でも、いつ頃までかは知りませんけど、昔だったら「じじい、ばばあ」という言葉は、今の「じいさん」「ばあさん」「おじいさん」「おばあさん」と同じニュアンスの言葉だったのではないでしょうか。

「花咲かじじい」という昔話がありますが、もし「じじい」が暴言ならこんなタイトルになるわけがありません。
もっとも現在では「花咲かじいさん」というタイトルの方が普及しているようですが。私の子供の頃はすでに「花咲かじいさん」の方が優勢だったと思います。

助産婦さん、今では「助産師」は、以前は産婆(さんば)と呼ばれ、そのまた昔は「取り上げ婆(ばばあ)」と呼ばれていました。おそらくこの「ばばあ」には女の人という意味しかなくて、今みたいな暴言のニュアンスはなかったと思います。

ラジオ番組『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』で毒蝮三太夫が言っている「ジジイ、ババア」(けっして「クソ」は付けないそうです)は親しみがこもっているそうですが、大昔なら誰が言っても暴言ではなかったでしょう。

言葉のニュアンスは急激に変わるものではなく、徐々に変化するものでしょう。
舛添要一にとっての「ジジイ、ババア」は若者にとってのそれよりも悪い印象は少ないかもしれません。

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