続ける理由

子供の頃、私は、報われない努力を恐れていました。
テスト勉強の最中でも、本番で凡ミスをするのではないかなど、悪いイメージが常に頭をよぎりました。
頑張った末の悪い結果ほど辛いものはない、そう信じていました。
今考えれば馬鹿らしいことです。直後の結果に結びつかなくても将来の糧になるのはほぼ確実なのですから。

そして大人になり、人生の大半を楽しくない状態で過ごし、気付いたことは、報われない努力の辛さは、仕事面などにおけるそれと比べれば大したことはないということでした。
コツコツとやるのは楽しくないが、だからといって、やらなかったら超ハッピーで天にも昇る心地でいられるのかといえば、そんなことはありません。そう、やるしかないのです。

大学2回生の時、私はクイズを志しました。

以来、莫大な努力をしたのにほんの小さな結果しか残せないということを数え切れないほど経験しました。
普通の神経ならクイズを辞めて別の道を模索していたでしょう。

それでも私はクイズを辞めませんでした。
クイズが好きだからか、と言われれば、半分本当で半分嘘です。私は、クイズの観戦はそれほど好きではありません。ですからクイズ番組も、楽しいから観ているのではなく、勉強のために仕方なく観ているという感覚です。そもそもクイズ番組自体をあまり視聴しません。
自分が早押しボタンを触っていてこそクイズです。

クイズを続ける理由。その一つは、それまで積み上げてきたものが大きすぎるということです。ここでクイズ道を諦めてしまえば人生を否定することになってしまいます。二つ目の理由は、他に何も誇れるものがないことです。クイズしか無い自分がクイズを捨てるということは考えられなくなってしまいました。

平成27年5月3日(昨日)、第15回勝抜杯というオープン大会がありました。
勝抜杯が久しぶりに大阪で開催されるということは、一年前に小耳に挟んで以来知っていました。そして、開催地となる会場が自宅から自転車で5分もかからないような場所にあり、しかも、何度か用事で利用したことがある会場であることを知り、これは参戦せねばと思いました。
大会に出るからには対策せねばなりません。とは言うものの、この大会への対策は一筋縄ではいきません。予選の問題は私の得意な傾向ではないため、かなりの精進が必要です。あらかじめ問題傾向が分かっているというのは対策面ではプラスですが、それは参加者全員に当てはまることです。

住んでいる所から自転車で行ける近さの会場で行われるなんて、まるで自分のためにあるかのような大会です。運命の大会です。
私はこの大会に人生を賭ける意気込みで対策に取り組みました。
結果は、やってきたことに対する対価としてはあまりにも残念なものでした。

クイズ王を目指す生き方を選ぶべきではなかったのかもしれません。特に早押しは、致命的な何かが欠けているような気もします。
でもまだ、クイズの勉強でやり残していることは山ほどあります。それらをクリアした時、違うレベルに上がれることは間違いありません。

十年、二十年の単位でみたとき、私以上にクイズ一筋だった人間はおそらくいないでしょう。これからも、生活上に問題が起きない限り、クイズに取り組む所存です。もう後戻りはできないのですから。

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