建築家

《このページの見方》
【 】内は建築家名。
〈 〉内はその作品。(共作の建築もある)
それぞれの一番下にその建築家に関する備考を付記。

§ プリツカー賞受賞者

※【 】の右に受賞年を記した。

【フィリップ・ジョンソン[米]】1979年
〈ガラスの家(自宅)[コネティカット州ニューカナーン]〉 〈AT&Tビル(現・ソニービル)[ニューヨーク]〉 〈リップスティック・ビル[ニューヨーク]〉 〈プエルタ・デ・エウローパ[マドリード]〉
アメリカのモダニズムを代表する建築家。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のキュレーターを務めた。

【ルイス・バラガン[メキシコ]】1980年
〈ルイス・バラガン邸と仕事場〉 〈トゥラルパンの礼拝堂〉 〈ヒラルディ邸〉 〈サテライト・タワー[ナウカルパン]〉
1945年、メキシコシティの南部郊外の溶岩台地、エル・ペドレガル・デ・サン・アンヘルにおいて郊外住宅地の都市計画に取り組んだ。

【ジェームス・スターリング[英]】1981年
〈レスター大学工学部校舎〉 〈ケンブリッジ大学歴史学部校舎〉 〈テート・ブリテン、クロアギャラリー増築[ロンドン]〉
1996年の第1回はステファン・ホッダーが受賞したイギリスの建築賞、スターリング賞にその名を残す。

【ケヴィン・ローチ[米]】1982年
〈オークランド博物館〉 〈汐留シティセンター〉
1922年アイルランド、ダブリン生まれ。建築設計事務所「ケヴィン・ローチ・ジョン・ディンケルー・アンド・アソシエイツ」の創業者。

【イオ・ミン・ペイ[米]】1983年
〈ルーヴル美術館の「ガラスのピラミッド」〉 〈ナショナル・ギャラリー東館[ワシントンD.C.]〉 〈JPモルガン・チェース・タワー[テキサス州ヒューストン]〉 〈ロックの殿堂[オハイオ州クリーブランド]〉
1917年、広州市生まれ。“幾何学の魔術師”。

【リチャード・マイヤー[米]】1984年
〈バルセロナ現代美術館〉 〈カナル・プラス本社ビル[パリ]〉 〈ハーグ市庁舎と図書館〉 〈ゲッティ・センター[ロサンゼルス]〉
チャールズ・グワスミー、ピーター・アイゼンマン、マイケル・グレイブス、ジョン・ヘイダックと共に「ニューヨーク・ファイブ」と呼ばれたモダニズムの建築家。

【ハンス・ホライン[オーストリア]】1985年
〈ハース・ハウス[ウィーン]〉 〈シュリン宝石店II[ウィーン]〉
1965年から1970年までウィーンの建築雑誌『バウ』の編集長を務めた。1967年「すべては建築である」と題した論文を発表。

【ゴットフリート・ベーム[独]】1986年
〈マンハイムの大学図書館〉 〈ピーク&クロッペンブルグ・ビル〉 〈菁寮聖十字架天主堂[台南市]〉
著書に『ポール・セザンヌ《サント・ヴィクトワール山》』がある。

【丹下健三】1987年
〈広島平和記念資料館〉 〈国立代々木競技場〉 〈東京都庁舎[新宿区]〉 〈東京カテドラル聖マリア大聖堂〉 〈香川県庁舎〉
ユーゴスラビア(現・マケドニア)・スコピエの震災復興都市計画、ナイジェリア・新首都アブジャの都市計画など、都市計画家としても多数の仕事を手がけている。

【ゴードン・バンシャフト[米]】1988年
〈レバー・ハウス[ニューヨーク]〉 〈ハーシュホーン博物館と彫刻の庭[ワシントンD.C.]〉 〈トラバーチン・ハウス〉
建築設計事務所、スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル(SOM)の一員。

【オスカー・ニーマイヤー[ブラジル]】1988年
〈国際連合本部ビル[ニューヨーク]〉 〈ニテロイ現代美術館[リオデジャネイロ州]〉 〈オスカー・ニーマイヤー美術館[パラナ州クリチバ]〉
ルシオ・コスタの総合監修の下、ブラジリアの主要建築物の設計を行った。

【フランク・ゲーリー[カナダ / 米]】1989年
〈ダンシング・ハウス(正式名称:ナショナル・ネーデルランデン・ビル)[プラハ]〉 〈ビルバオ・グッゲンハイム美術館〉 〈フィッシュ・ダンス(神戸港のメリケンパークに建つ巨大な鯉のオブジェ)〉
ティファニーのジュエリーデザインを多数手掛けている。

【アルド・ロッシ[伊]】1990年
〈ホテル・イル・パラッツォ[福岡市]〉 〈ポートモールアピタ港[名古屋市]〉 〈門司港ホテル[北九州市]〉
著書『都市の建築』『科学的自伝(アルド・ロッシ自伝)』で有名。1979年のヴェネツィア・ビエンナーレのために、船で引かれて海に浮かべられる250席の劇場「世界の劇場」を設計。

【ロバート・ヴェンチューリ[米]】1991年
〈母の家(Vanna Venturi House)〉 〈シアトル美術館〉 〈大江戸温泉物語 湯屋日光霧降(ゆやにっこうきりふり)[日光市]〉
ポストモダンの建築家。著書に『建築の多様性と対立性』『ラスベガス』などがある。

【アルヴァロ・シザ[ポルトガル]】1992年
〈レサの水泳プール〉 〈ガリシア現代美術センター[スペイン、サンティアゴ・デ・コンポステーラ]〉 〈アヴェイロ大学図書館〉
ポルトガルを代表する建築家フェルナンド・ターヴォラの事務所で働いた後、独立して自分の事務所を設立。

【槇文彦】1993年
〈名古屋大学豊田講堂〉 〈代官山集合住宅(ヒルサイドテラス)〉 〈スパイラル[東京都港区]〉 〈東京体育館[渋谷区]〉 〈幕張メッセ[千葉市美浜区]〉
母方の祖父は竹中工務店の会長を務めた竹中藤右衛門。

【クリスチャン・ド・ポルザンパルク[仏]】1994年
〈音楽都市[パリ]〉 〈エルジェ美術館[ベルギー]〉
1944年モロッコ・カサブランカ生まれ。妻エリザベート・ドゥ・ポルトザンパルクも建築家。

【安藤忠雄】1995年
〈住吉の長屋〉 〈風の教会(六甲の教会)[神戸市]〉 〈水の教会[北海道勇払郡占冠村]〉 〈茨木春日丘教会(光の教会)〉 〈4m×4mの家[神戸市]〉 〈表参道ヒルズ〉 〈地中美術館[香川県直島町]〉
双子の弟に北山創造研究所の主宰者である北山孝雄がいる。さらに下の弟に建築家の北山孝二郎がいる。

【ホセ・ラファエル・モネオ[スペイン]】1996年
〈バンキンテル本店[マドリード]〉 〈ログローニョの市庁舎〉 〈国立古代ローマ博物館[メリダ]〉 〈ティッセン=ボルネミッサ美術館 〉 〈ピラール・イ・ジョアン・ミロ財団[マヨルカ島]〉 〈セビリア空港新ターミナルビル〉 〈天使のマリア大聖堂[ロサンゼルス]〉
スペインの建築家アレハンドロ・デ・ラ・ソタやデンマークの建築家ヨーン・ウツソンに師事した。

【スヴェレ・フェーン[ノルウェー]】1997年
〈ブリュッセル万博 ノルウェー館(1958年)〉 〈ヴェネツィア・ビエンナーレ 北欧館〉 〈ヘドマルク博物館〉
パリでジャン・プルーヴェに師事。

【レンゾ・ピアノ[伊]】1998年
〈ポンピドゥー・センター[パリ]〉 〈関西国際空港旅客ターミナルビル〉 〈パウル・クレー・センター[スイス]〉 〈シャード・ロンドン・ブリッジ〉
1970~1977年、リチャード・ロジャースと共に建築設計事務所「ピアノ&ロジャース」を共同主宰。

【ノーマン・フォスター[英]】1999年
〈コメルツ銀行タワー[ドイツ、フランクフルト]〉 〈ロンドン市庁舎〉 〈30セント・メリー・アクス(愛称:ガーキン)[ロンドン]〉 〈ミヨー橋[フランス]〉
リチャード・ロジャースおよび自分たちの妻の4人で「チーム4」という建築の実験集団を結成した。設計事務所、フォスター・アンド・パートナーズの設立者である。

【レム・コールハース[オランダ]】2000年
〈集合住宅群、ネクサスワールド[福岡市]のレム棟・コールハース棟〉 〈ヴィラ・ダラヴァ[パリ]〉 〈ボルドーの家〉 〈中国中央電視台本部ビル(CCTV Headquarters)[北京]〉
『錯乱のニューヨーク』『S,M,L,XL』などの著作で有名。

【ヘルツォーク&ド・ムーロン[スイス]】2001年
※ジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンによる建築家ユニット。
〈テート・モダン[ロンドン]〉 〈プラダ・ブティック青山店〉 〈サッカー専用スタジアム、アリアンツ・アレーナ[ミュンヘン]〉 〈デ・ヤング美術館[サンフランシスコ]〉 〈北京国家体育場(愛称:鳥の巣)〉
スイス連邦工科大学チューリヒ校で共に建築を学んだ。

【グレン・マーカット[オーストラリア]】2002年
〈Fredericks House〉 〈Fletcher-Page House〉 〈Arthur and Yvonne Boyd Art Centre〉
1936年ロンドン生まれ。地元オーストラリアを中心に活動。

【ヨーン・ウツソン[デンマーク]】2003年
〈シドニー・オペラハウス〉 〈クウェート国際会議場〉 〈バウスベア教会[コペンハーゲン]〉
スティーン・アイラー・ラスムッセンに師事。

【ザハ・ハディッド[英]】2004年
〈ヴィトラ社工場・消防ステーション[ドイツ]〉 〈ベルクイーゼルシャンツェ[インスブルック]〉 〈リバーサイド博物館[グラスゴー]〉 〈ヘイダル・アリエフ・センター[アゼルバイジャン、バクー]〉
1950年イラク・バグダード生まれ。女性初のプリツカー賞受賞者。日本の新国立競技場のデザインがコンペ(安藤忠雄委員長)で選ばれたが、2020年の東京五輪に間に合わないなどの理由により白紙撤回された。

【トム・メイン[米]】2005年
〈ユージーン連邦裁判所[オレゴン州]〉 〈ダイヤモンドランチ高校 [カリフォルニア州]〉 〈サンフランシスコ連邦政府ビル〉
建築設計事務所モーフォシス主宰。

【パウロ・メンデス・ダ・ロシャ[ブラジル]】2006年
〈パウリスタノ・アスレチック・クラブ [サンパウロ]〉 〈ブラジル彫刻美術館[サンパウロ]〉 〈大阪万博 ブラジル館〉
エスピリトサント州ヴィトーリア出身。

【リチャード・ロジャース[英]】2007年
〈ポンピドゥー・センター[パリ]〉 〈テクノプラザ[岐阜県各務原市]〉 〈ミレニアム・ドーム[ロンドン、グリニッジ半島]〉 〈バラハス空港・第4ターミナル[マドリード]〉
リバーサイド男爵という一代貴族の位を持つ。

【ジャン・ヌーヴェル[仏]】2008年
〈アラブ世界研究所[パリ]〉 〈カルティエ現代美術財団[パリ]〉 〈電通本社ビル[東京都港区]〉 〈トーレ・アグバール(アグバール・タワー)[バルセロナ]〉
イタリア発のスニーカーブランド「RUCO LINE」(ルコ ライン)から発表された「Pure」のデザインを手がけた。

【ピーター・ズントー(ペーター・ツムトーア)[スイス]】2009年
〈聖ベネディクト教会〉 〈グガルン・ハウス〉 〈ブレゲンツ美術館[オーストリア]〉 〈聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館[ドイツ]〉
著書に『建築を考える』『空気感(アトモスフェア)』などがある。1979年、スイス・グラウビュンデン州ハルデンシュタインにアトリエを設立。

【SANAA(サナア)】2010年
※妹島和世(せじま・かずよ)と西沢立衛(にしざわ・りゅうえ)による建築家ユニット。
〈岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー・マルチメディア工房〉 〈金沢21世紀美術館〉 〈ルーブル美術館分館[ランス]〉
2013年、棚瀬純孝(たなせ・よしたか)、Yumiko Yamada、山本力矢をパートナーとした。

【エドゥアルド・ソウト・デ・モウラ[ポルトガル]】2011年
〈ポルト文化センター〉 〈ハノーバー万博 ポルトガル館〉 〈エスタディオ・ムニシパル・デ・ブラガ〉 〈ポーラ・レゴ美術館[カスカイス]〉
ポルトを拠点に活動。1974年から1979年までアルヴァロ・シザのもとで働いた。

【王澍(おうじゅ)[中]】2012年
〈蘇州大學文正学院図書館〉 〈「垂直院宅-銭江時代高層住宅群」[杭州]〉 〈寧波美術館〉 〈寧波博物館〉
杭州市の中国美術学院で建築芸術学院の院長を務める。

【伊東豊雄】2013年
〈シルバーハット(自邸)[今治市]〉 〈風の塔[横浜市]〉 〈せんだいメディアテーク〉 〈多摩美術大学図書館[八王子市]〉
菊竹清訓(きくたけ・きよのり)設計事務所勤務を経て、昭和46年に独立し、アーバンロボット(現:伊東豊雄建築設計事務所)を設立。

【坂茂(ばん・しげる)】2014年
〈グレゴリー・コルベール[カナダ]の写真・映像作品展「Ashes and Snow」のために造られた移動式建造物「ノマディック美術館」〉 〈スウォッチ・グループジャパンの店舗兼本社ビル「ニコラス・G・ハイエックセンター」[東京都中央区]〉 〈女川駅(おながわえき)[JR東日本・石巻線]〉 〈ハノーヴァー万国博覧会 日本館屋根〉
紙管を用いた建築(“紙の建築”)で知られる。

【フライ・オットー[ドイツ]】2015年
〈モントリオール万国博覧会 西ドイツ館(1967年)〉 〈ミュンヘン・オリンピアシュタディオン〉 〈ハノーヴァー万国博覧会 日本館屋根〉
1954年、博士論文「吊り屋根」発表。

【アレハンドロ・アラベナ[チリ]】2016年
〈チリ・カトリック大学(Pontifical Catholic University of Chile)のコンピューター管理棟「シャム・タワー」〉 〈キンタ・モンロイの集合住宅[チリ]〉
チリ・カトリック大学とチリの石油会社COPECとの共同で「エレメンタル」を設立し、代表を務める。

《以下、編集中》

§ 高松宮殿下記念世界文化賞・建築部門受賞者

§ その他、建築家(未分類)

▼日本人

▼外国人