第97回全国高等学校野球選手権大会 | 8問

キャッチフレーズが「新たな夏、プレーボール。」であるという、平成27年の夏の甲子園が終わりました。

8月20日に行われた決勝では、東海大相模[神奈川]が仙台育英[宮城]を10‐6で下し、45年ぶり2度目の優勝を果たしました。

決勝で投げ合った、東海大相模の小笠原慎之介(大会ナンバーワン左腕と言われています)と仙台育英の佐藤世那は、「第27回WBSC U-18ベースボールワールドカップ」(8月28日~9月6日)の代表選手に選ばれました。

ではクイズを出します。

▼2015年「夏の甲子園」から8問

Q.

【1525】《5択問題》
※見出しに「夏の甲子園」と書きましたが、まずは予選からの問題です。
大リーグ、レンジャーズのダルビッシュ有投手がツイッターで「どこの高校の誰か気になる(笑)」と触れたこともあってか、海外でも「ninjahitter(ニンジャヒッター)」といった名で広まった、代打、馬場優治選手の「ヌンチャク」パフォーマンス(打席でバットをヌンチャクのようにクルクルと振り回していました)。さて、馬場選手が出場したのは関東地区のどこの地方大会だったでしょう? 次の5つの中からお選びください。

茨城 栃木 群馬 埼玉 千葉

答:埼玉

【1526】2015ABC夏の高校野球応援ソング(今年の『熱闘甲子園』[テレビ朝日]のテーマソング)である『On Your Side』は、何という音楽ユニットの楽曲でしょう?
※今年5月27日に発売された5枚目のオリジナルアルバム『WHITE』に収録され、同年7月29日に19枚目のシングルとしてリカットされました。
答:Superfly

【1527】本大会が、1915年(大正4年)に大阪府の豊中グラウンドで第1回全国中等学校優勝野球大会が開催されてからちょうど100年となるのを記念して、大会のシンボルマークが新たに作られました。さて、このシンボルマークをデザインしたグラフィックデザイナーで、今秋リニューアル予定であるという大王製紙の「エリエール(elleair)」のブランドロゴを手掛けているのは誰でしょう?

今年が第97回大会ですから、第100回大会を迎えるのは2018年です。

答:佐藤卓(たく)

【1528】開会式の選手宣誓は主催者側の提案により、第1回大会の優勝校で本大会の出場校でもある鳥羽高校の梅谷成悟(うめたに・せいご)主将が行いました。そして、開会式直後の第1試合の始球式は、早稲田実業学校高等部時代に投手として春の甲子園に2度、夏の甲子園に2度も出場した人物が務めました。プロ野球で輝かしい成績を残したこの人物とは誰でしょう?
※プロ野球経験者の始球式は春夏を通じて初めて。

第1回大会の優勝校は京都二中。その後身が鳥羽高校。

答:王貞治

【1529】主に1年生右腕の安藤颯投手が投げるが、ピンチの時には3年生で主将の右腕・田中将貴が左翼から走ってきてマウンドに上がる「ブーメラン継投」(2年生の橋本和輝投手も継投に加わっています)で甲子園の観客を驚かせた島根県の高校で、かつては江の川(ごうのかわ)高等学校という校名だったのは何?(平成21年4月、現校名に変更)
※2回戦で興南[沖縄]に5-6でサヨナラ負け。
答:石見智翠館(いわみちすいかん)高等学校

【1530】父親がナイジェリア人であるという、並外れた運動神経で注目を集めた関東第一高校[東東京]の外野手は誰?
※チームメイトの松永遼介内野手の父親は、『半沢直樹』にも出演した俳優の松永博史(ひろし)です。
答:オコエ瑠偉

【1531】スーパー1年生として注目され、この夏の甲子園では19打数9安打、8打点、2本塁打の成績を残した清宮幸太郎内野手は何という高校の選手?
※準決勝で仙台育英に敗れました。

清宮幸太郎は、現在ジャパンラグビートップリーグのヤマハ発動機ジュビロで監督を務める元ラグビー選手・清宮克幸の長男です。

答:早稲田実業

【1532】普段は父親が起業した「あかぎ印刷」で働いているという、春夏の甲子園球場で行われる高校野球で、いつもネット裏でラガーシャツを着用して観戦している名物おじさん「ラガーさん」の本名は何?

ラガーさん(いつも「A73」の席に座る)と彼の所属する私設ファンクラブ「8号門クラブ」がバックネット裏を私物化しているという抗議・非難も湧き上がっています。

着ているのはカンタベリーというブランドのラガーシャツだそうです。

答:善養寺隆一(ぜんようじ・りゅういち)

出場選手とあまり関係のない問題の割合が多めになってしまいました。

A.

【1525】埼玉
※「ヌンチャク打法」が披露されたのは7月23日に開催された5回戦、滑川総合対埼玉栄の試合でのことです。馬場優治は滑川総合高校の3年生です。

【1526】Superfly
※越智志帆のソロプロジェクト。

【1527】佐藤卓(たく)

【1528】王貞治

【1529】石見智翠館(いわみちすいかん)高等学校

【1530】オコエ瑠偉

父親がサッカー好きで、ラモス瑠偉のファンであったことから「瑠偉」と名付けられました。

【1531】早稲田実業

【1532】 善養寺隆一(ぜんようじ・りゅういち)

ちなみに、自らを偽ラガーと名乗り、ラガーさんの隣に座ったりした若者の本名は増田優也。(東海大相模OB(中退)で専修大学法学部政治学科卒業)

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